日本から姿を消したタンチョウが、わずか10羽から2000羽へ。100年間の希望の物語を辯ろう。
かつて、日本から姿を消したと思われていたタンチョウ。その美しい姿が、再び人前に現れたのは、大正13年(1924年)のこと。釧路湿原で、わずか10羽ほどがひっそりと生き延びていたのです。それからおよそ100年。人々の努力と見守りによって、その数はついに約2,000羽にまで回復しました。もう一度この空を舞うようになった命たち。それは偶然ではなく、確かな"希望の物語"です。
タンチョウ復活の転機となったのが、1952年に阿寒町ではじまった「人工給餌(じんこうきゅうじ)」です。過酷な冬を越せないタンチョウのために、人々は餌を届け、見守り、そして寄り添ってきました。
野生動物に関わるという、難しくも覚悟のいる選択。それでも、タンチョウに“次の春”を届けたいという気持ちが、彼らの命をつないできたのです。
世界に15種類いるツルのなかで、タンチョウを間近に見られる場所は、そう多くありません。その貴重なチャンスが、釧路にあるというのは、もはや“奇跡”といっても過言ではないでしょう。しかも現在のタンチョウたちは、すべて生き残った十数羽の子孫たち。だからこそ、一羽一羽が「家族」のように大切な存在なのです。
そんなタンチョウの暮らしぶりを学べるのが、「阿寒国際ツルセンター」。2024年には、海外から約8,000人もの来館者が訪れました。アジア圏の観光客はもちろん、欧米からの来訪者も多く、タンチョウと釧路の自然への関心が、いま世界に広がりつつあります。
あなたもぜひ阿寒国際ツルセンターで、この奇跡の鳥と、それを支える人々の物語に、ふれてみてください。
写真提供:阿寒国際ツルセンター【グルス】
取材 / 執筆:釧路市地域おこし協力隊